日誌

矢祭・東舘 名前の由来


 2月に入りました。今日の全校朝の会で校長先生より、矢祭と東舘の名前の由来について
お話がありました。
 大和朝廷があった時代、矢祭町は東北地方と大和朝廷の境目だったそうです。当時東北
地方を平定した八幡太郎義家(一説にはその父)が戦いに勝った帰り道、この地に矢を埋め
て感謝の祭りを行ったことから「矢祭」という名前がつけられたとのことでした。 
 また、城までいかない小さな舘が久慈川を挟んで東側にあったところから、「東舘」という
名前がつけられたということでした。子ども達は自分たちが住んでいる地域の名前の由来に
とても興味深く聞いていました。